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ここでは私が読んだ本、見たメディアから
ネタになりそうな文章を題材として載せています。
題材一つ一つに対して自分はどう思うのかを考えてください。
「渋谷を歩いてたら、知らないおじさんから「5万円あげるから遊ぼう」って声かけられてチョー気持ち悪かった!」 |
「性について考える」 |
<村瀬幸浩・著「買春と売春と性の教育」> |
他の国のアダルト・ビデオを見るとすごく思うけど、アダルトビデオの中でも日本は「レイプもの」が多い気がします。アメリカとかでは「何だこれ」って思うほどニコニコ笑ってほのぼのセックスしているのが多くて、女優が嫌がる演技をしていない。もちろんアメリカの男にもレイプビデオ好きはいるけれども、日本はすごいというのは有名ですよね。性器さえ見せなければどんなレイプものでもOK.アメリカのある州では、両腕を縛っての性交シーンは違法だったりしますが。 |
世の中には、取り締まりを受けないポルノ映画がゴマンとあります。 |
現在の性産業は、”女性に対する抑圧”と”男性に対する抑圧”がうまくからみ合い、互いの抑圧を維持しあう装置となっているように思える。なぜならば、女性に対する抑圧が、女性に対して”性産業で働くように”という方向づけを行い、男性に対する抑圧が”性産業を利用するように”と男性を駆り立てているように感じられるからだ。 |
学校で語られる性の教育の中身は依然として妊娠・出産・中絶・避妊など「生殖」にかかわる性の範疇をほとんど抜け出ていないの現状がある。しかもトラブルに近づくのを避ける配慮もあって、「性交」に対して抑圧的、否定的なメッセージが伴いがちである。なかには中絶を”殺人”などと言ってみたり、ピルについて語る場合も、ともすれば副作用のみを強調してみたり、性感染症の絶望的なひどさをクローズアップさせたりなど”脅迫”ともいうべき指導が行われたりすることもある。こうした指導からは、性的な関係をつくり出す柔らかで肯定的なイメージは育ちにくい。そして彼(彼女)らは結果としてアダルトビデオをはじめとした、いわゆるポルノ情報によって性行為のイメージを作り出していくことになる。そこには相互性、対等性をベースにした微笑と融和によるエロス・コミュニケーション、セクシャル・プレジャーとは程遠い姿が映し出されることが多いのである。とくに男性の暴力的、攻撃性、排他的なタフな性のイメージが強調され、それが男性自身にとっても大きな呪縛となることがある。 |
「自分の将来も考えずに、高校生が性交渉をもつから妊娠して、高校中退というみじめな人生になってしまったのだ」 |
ある夜、これは冗談か本気か、今もってわからないのだが、なんともショックな番組に出くわした。「笑撃的電影箱 進め! 電波少年」(日本テレビ系)の番組の中で”借金美女”というのが出てきた。「わたしは100万円の借金がある(300万円とか1000万円とかもあった)ので、それだけくれるなら、一日あなたの相手をしましょう」とか、「どこの部分の写真をとってもいいです」とか言って、顔写真と名前を公表しているのだ。”たとえおふざけにしろ、絶対に許される番組ではない”と、ひとりで憤慨していた。 |
「若い女子が男子の犠牲者だなんていうのは、もう神話。 |
| ストックホルム県エイズ予防班のオッレ・バレル氏は「マスコミが描く男のセクシャリティは暗黒だ」と批判している。 「暴行を犯す、近親姦をする、買春をする、ポルノが好き・・・などなど、みな男である。これらの変態的で異様な行動を「男のセクシャリティ」としてレポートしており、多くの男達は罪悪感を感じている。今こそ、われわれ普通の男達が前面に出るときが来た。学校、余暇活動、青少年クリニックにも我々が出て行って、男の見地からセクシャリティを論議し、アイデンティティを作り上げるべきだ。 <「スウェーデンの性と性教育」> |
| 折からベルギーのぺドファイルスキャンダルの発覚直後であることから、会議には国際的な関心が高まり、世界各国のジャーナリスト達500人が取材に集まった。しかし、日本のマスコミはこの会議にはほとんど関心を示さなかった。NHKと朝日新聞だけが特派員を送ったが、それもそれも女性記者たちが頑張ってこそ参加できたのだった。ノーベル賞受賞などというと、グランドホテルが日本のマスコミで溢れ返るほど来るのに、こんな重要な会議に見向きもしないというのはどういうことだろう。日本は「加害者先進国」のひとつであり、フィリピンで日本人のぺドファイルが逮捕されたというNEWSが世界を駆け巡ったばかりでもあるのにだ。 <1996年「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」より「スウェーデンの性と性教育」> |
| ベルギーの事件を欧米ではぺドファイル事件としているが、日本では少女誘拐事件としている。こちらでは重い犯罪となるぺドファイル事件も日本では単に「性的いたずら」などとして済ませている点も国際的感覚からずれている。 <1996年「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」より「スウェーデンの性と性教育」> |
| 会期中フランスの大臣の記者会見があった。記者達と一緒に座っていたスイスの人権家がフランスの週刊誌を皆に見せた。その雑誌の記事の中身は日本の女子高校生がパンツを見せているところを男が写真に撮っている姿や、下着や排泄物を売る店とそのオーナーの写真などが載っており、コメントして「日本のようなストレス社会に住んでいたら僕も同様に憂さ晴らしをするだろう。」と記者が書いている。 人権家が、このような現象を肯定する記事に対して、「許しがたい。それも最も読まれている大衆誌で。雑誌社を告訴するつもりだ」と記者会見場で訴えていた。隣に座っていた朝日新聞の大久保さんが私に囁いた。「これくらいの記事なら、日本では日常的に見るわね。こうして指摘されると、日本人がいかに麻痺してしまっているかが分かるわ。」本当にそうだ。この場にこそ日本のTVや雑誌の男性記者たちにいて欲しかった。 <1996年「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」より「スウェーデンの性と性教育」> |
| バイアグラは、アメリカでの発売後一年もしないで日本でも発売許可になったのに、避妊用低ピルの方は申請があってから30年経っても許可されず、今秋やっと認可の予定といわれる。その代わりに、中絶はほとんど野放しといってもよい状態であった。 いや、野放しではない、ちゃんと規制があるという役人はいうだろうが、事実上誰でも受けられると皆知っている。 ピルがほとんどの人に効果があり、無害といっていいことは、もう30年、40年使用されてきた欧米を見れば分かる。死人が出ているバイアグラとは異なる。 医者の指導のもとに、特別な健康上の問題がある人は使用できないが、自分で自分の身体のコントロールができる限り、つまり、毎日きちんと服用する限り、効果があり、中絶に比べたらはるかに安全である。 男の不倫や売春は構わなくて、女性は自分で判断できないから、政治家や官僚が「指導」してやろうというのであろうか。避妊用ピルにせよ、HRT(更年期障害治療のためのホルモン療法)にせよ、使用するしないは個人の選択(医者との相談のうえで)任せるのがいい。初めから選択の余地が無いのはおかしい。 <マークス寿子・著「生まれ変わっても女がいい国って、ほんと?」> |
| なぜイギリスの大学生の方が大人かというと、彼らは、大学生になる前、中学校を卒業して15,6歳になると、ガールフレンドやボーイフレンドを持ってデートをしたり、キスを経験したりするのが普通である。性的な経験をしたりするのも普通である。性的な経験をするものもめずらしくない。まず、肉体的に成熟している早くから恋をしたり、失恋をしたりして、異性のものの考え方も理解できるようになるし、とるべき態度も自然に分かってくる。 だから、恋はもとより、ガールフレンドさえ持ったことが無いという日本の大学生を、イギリスの大学生と比べると、その違いは歴然としている。イギリスの大学生は物事をクールに考えられるし、人間関係もちゃんとつくることができる。 だれかを好きになって、その人が応じてくれないからといってカーとなったり、つきまとったり、勉強も手につかなくなるということがない。その反対に、恋愛をすると自分が苦労するからと人間関係を持つことを避け、コンピューター・フレンドですまそうということもない。ごく自然に異性と付き合うことができる。 日本の若い人、特に若い男性の場合、ガールフレンドを持ったことが無く、恋をしたこともなく、母親だけが身近な女性という、そんな非常に狭い世界で生きている人が多い。これでは、自然に大人になって、親離れしていくことが難しくなるから、明らかに人生のハンディキャップに他ならないと思う。 <マークス寿子・著「とんでもない母親と情けない男の国日本」 イギリスのストーカー逮捕者数は年間3000人と追記しておきます。 また、イギリスもいじめ大国であります。 |
| 「酔ってくると決まってSEXの話になる。内容の無い会話に夢中になる日本の男性を見ていると、文化の国とは無縁に思う。こんな人たちの国がどうして経済大国を作れたのかと考えてしまう。信じられません。」 中国の若者には日本人はSEXを単なる目的としか考えず、また異常に執着していると映っている。 <王敏・著「もっとエロスを!」> |
| レイプをする人は女性・子どもを支配する。(カナダ) 男性には抑えられない性衝動があって・・・。(日本) この違いは何? |
| 「関係としての性」という考え方や学習が皆無に近いのです。自分の欲望をどうするかには一生懸命なのですが、それが相手にとってどういう意味を持つかというふうに考えを切り替えて、ともに楽しんでいくという発想に乏しいのです。 <村瀬幸浩氏のコメント「援助交際の少女たち」> |
| これは中学校のレポートの中でも書かれていますが、女の子が2ヶ月間に5人の男性とセックスしたという話の中で、なかには「私はいやだったんだけど、無理やりやらされた」こともあると言うんですね。先生から、したくないのにセックスさせられるのは「それは、レイプなのよ」と言われて、初めて自分がレイプされていたことに気づく。それくらい、今の性文化には男の攻撃的な性行動があたりまえのように広がっています。これは大問題ですね。 <村瀬幸浩氏のコメント「援助交際の少女たち」> |
| ある男の子は「犯す」を性交の意味と取り違えていました。今の情けないポルノ文化の影響です。性交が何なのかを知っていれば、前のような簡単な説明で本質を理解することができると思います。 <「援助交際の少女たち」より> |
| 性関係を結んだ後、特に男性が相手の女性を「自分のモノになった」などと、まるで所有物、従属物のような表現をし、女性の中にもそう思い込んでしまう人もいる、などどいうのは未熟そのものと言ってよいだろう。 <村瀬幸浩:著> |
私が見たときのテーマは「日本の若い女性の性」について取り上げていました。スタジオにはアジア、アフリカ、欧米など色々な国の外国人が30人ほど、そして外国人からの批判を受けて立つ日本の若い女性が20人ほど集まっていました。 |
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