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ここでは私が読んだ本、見たメディアから
ネタになりそうな文章を題材として載せています。
題材一つ一つに対して自分はどう思うのかを考えてください。

 

「渋谷を歩いてたら、知らないおじさんから「5万円あげるから遊ぼう」って声かけられてチョー気持ち悪かった!」
 私は都内の私立高校に勤務しているが、「援助交際」がマスコミで盛んに取り上げられていた1996〜1997年には、こんな訴えを生徒たちからよく聞いたものである。
 ところが現在では街を歩いていてもおじさんたちから「援助交際」的な声かけはほとんどなくなったと生徒たちはいう。東京都の青少年条例に「買春等処罰規定」が導入されたことが功を奏したのだろうか?
 そもそもこの経済状況下、いつリストラされるかわからない中年男性にとって、「援助交際」どころではないのだ。一時は5〜10万円まで跳ね上がった「援助交際」の代金も、「価格破壊」を起こし、1〜3万円ほどに下がったという。街で声をかけていたおじさんたちは姿を消し、代わって登場してきたのが伝言ダイアルやパソコン通信を操る若い男性世代である。
 1〜3万円なら、20代30代でも支払える金額だ。女の子と交際した経験もなく、性的欲求はポルノ雑誌やAVで処理してきたものの、生身の女の子と付き合ってみたい。でも自分の魅力で恋人を見つける自信がない。そんな性的コンプレックスを抱く若い男性が「援助交際」によって擬似恋愛を求めているのだという。
 私は「援助交際」を切り口に、少女たちと性について語り合った実践を「少女たちと学ぶセクシャル・ライツ」という本にまとめ、1997年につげ書房新社から出版した。自分の性=生はかけがえのないもの、性は自分自身の権利(セクシャル・ライツ)だという認識をどう育てるか、自らの性行動を選択し決定する能力をどう育むかがこの本の趣旨だが、少女たちだけでなくむしろ男子にこそ性教育が必要だということを最終章で書いた。もっぱらポルノ雑誌やAVで「性」を学んでいる男性にとって、性は下半身レベルのイメージ。二人の体と心のコミュニケーションというイメージがつかめないはずだ。女性との対等なエロス関係をつむぐ力がないから、金を使わなければ女性との性的関係を結ぶこともできないのである。
 親や教師は、中高生の性行動に対して、勉強に差し支える、受験勉強のさまたげになるなどの理由から抑制的な態度をとりがちだが、そのことが今日の若者の性の問題を生み出す一因となっていると私は考えている。子供から「性」を遠ざけるのではなく、人間にとって性とはなんだろうということを積極的に考えさせることが重要なのだ。

   <原田瑠美子先生の言葉 1999年7月>

 

「性について考える」

最近、非常に情けなくなる日本人。
何がって…?いや誤った性の見方?や知識のなさについてだよ。
HIV感染(血液製剤や血液感染の場合除く)や(語弊があるけど)についても、今や対岸の火事なんかではないのだが自己防衛って面での意識が薄い事に、気付いていない人が多いような気がした。

やはり性って人間にとって切っても離れない事だし、生命って部分でも一番人間を
揺り動かす事だってくらい、誰もが知っている。
なのに、コンビニとか行けば、大概「性」を歪んだカタチ(商品)に載せた雑誌ばかりなのが目につく。
TVとかでも、歪んだ性の見方をとりあげた番組、ドラマが氾濫し、過激な表現などで一体何が基本なのかわからなくさせている。しかも、ゴールデン・タイムなどで、性に関する感心が高い10代〜が見てる中で。

日本の性教育は小学校4、5年生で始まるって言うのに、遅すぎるし男女の体の仕組みや違いとかで、内容的には薄ぺらだと思う。
なぜなら男女間のいたわる気持ちとか、お互い後悔をしない為にも、
突っ込んだ所まで学んで欲しいと思う。
決して汚らわしい事や斜めに見る事ではない事だし、正しい知識を知って楽しむべきだと思う。

福祉で有名なスウェーデンでは性教育は、かなり積極的にやってるらしい。(確か、小学校1年生くらいから)はっきり言ってスゴイ事だ。…というより、それは人として生きていくのに当たり前な教育だー。
(おかげでスウェーデンの性産業は衰退しているらしい…)

それと今や、性感染症って言葉も聞きなれた言葉になっているが、若者に急増しているという。
いやなってしまった事を嘆くのではない。
自己防衛意識と自己管理意識を持って、同じ事にならないように努力をして欲しい。
中には、公衆浴場やプール、タンスなどに性感染症の原因のウィルスも存在するようなので
いちがいに性交渉だけでの感染だとは、言い切れないが…。

かなりシリアスに書いたが、これを読んだ皆さん「性」について
もう一度、じっくり考えてみませんか…?

   <みーみーさんのHP「
darkside of universe 」の日記より>

 

鈴木 私は、お金がない人が、やりたくないのに性的サービスを提供する側に回らされるという状況だけは避けなければならないと思っているんです。そうなると仕事のない人やお金のない人が「お前やれよ」という無言の圧力でやらざるを得なくなる。とすれば、ものすごい社会の後退だと思う。
村瀬 セックスワークを職業として合法化すべきかどうかという問題とも関係してきますよね。
鈴木 日本の状況でいえば明らかに女性の賃金が低くて、就業条件が限られている中で、例えばシングルマザーになったりしたら本当にどうやって食べていいか分からない。そういう状況の中で女性向の求人にはセックスワークばかりが職安にたくさん並んでいて、「あんた贅沢言わないで、ソープだってちゃんとした仕事なんだから、そこで働きなさい」と押し付けられるような、女性の選択肢がますます少なくなる世の中になったらとんでもないと思う
草野 少なくとも現在、女性にとっていろんな意味での人生の選択肢が等価値にある中から性的サービスを仕事として、自由意志で選んでいるような状況ではないと思いますね。
村瀬 よく買売春合法化論の人がセックスワークもサービス業の一つだということで、マッサージと変わらないじゃないか。マッサージして、肩をもんだり、腰をもんだりするのが、性器にいくだけの話で、だから何故性器を特別に問題にするのか、という人がいるじゃないですか。それをどう思いますか?
鈴木 それはその人の考え方次第なんだと思いますが、そうではない人もいる、という状況も大切にしなければいけないのではないかと思う。「性だけが特別」と言い方には御幣があるけれども、特別にしたいという人の意思も尊重されないといけない。

<村瀬幸浩・著「買春と売春と性の教育」>

 

 他の国のアダルト・ビデオを見るとすごく思うけど、アダルトビデオの中でも日本は「レイプもの」が多い気がします。アメリカとかでは「何だこれ」って思うほどニコニコ笑ってほのぼのセックスしているのが多くて、女優が嫌がる演技をしていない。もちろんアメリカの男にもレイプビデオ好きはいるけれども、日本はすごいというのは有名ですよね。性器さえ見せなければどんなレイプものでもOK.アメリカのある州では、両腕を縛っての性交シーンは違法だったりしますが。

ー本当に暴力的なものが多いですよね。性的な親密さを表現するための学習が社会的に行われていないからそうなってしまう? 学校で子供たちを見てもそうですか?

<鈴木水南子・著「買春と売春と性の教育」>

 

 世の中には、取り締まりを受けないポルノ映画がゴマンとあります。
 女性が犯されているだけで美しさに欠けるSEXシーンだらけの映画は
 ちっとも「猥褻罪」で取り締まりを受けません。
 私は、ポルノ映画は嫌いです。
 私はSEXで苦しみたくありません。
 ポルノ映画の中で女性が苦しんでいるのを見ると、私は目を覆いたくなります。
 あれをSEXの教科書にしてはいけません。
 日本人は、今、美しいSEXを美しいと感じ、
 醜いSEXを嫌悪する正常な意識を取り戻すべきです。」

<HP「
愛し合ってるかい」管理人かずみさんの言葉から>

 

 現在の性産業は、”女性に対する抑圧”と”男性に対する抑圧”がうまくからみ合い、互いの抑圧を維持しあう装置となっているように思える。なぜならば、女性に対する抑圧が、女性に対して”性産業で働くように”という方向づけを行い、男性に対する抑圧が”性産業を利用するように”と男性を駆り立てているように感じられるからだ。

<鈴木水南子・著「週刊金曜日」誌”男の性欲・女の物欲説は本当か?”より>

 

 学校で語られる性の教育の中身は依然として妊娠・出産・中絶・避妊など「生殖」にかかわる性の範疇をほとんど抜け出ていないの現状がある。しかもトラブルに近づくのを避ける配慮もあって、「性交」に対して抑圧的、否定的なメッセージが伴いがちである。なかには中絶を”殺人”などと言ってみたり、ピルについて語る場合も、ともすれば副作用のみを強調してみたり、性感染症の絶望的なひどさをクローズアップさせたりなど”脅迫”ともいうべき指導が行われたりすることもある。こうした指導からは、性的な関係をつくり出す柔らかで肯定的なイメージは育ちにくい。そして彼(彼女)らは結果としてアダルトビデオをはじめとした、いわゆるポルノ情報によって性行為のイメージを作り出していくことになる。そこには相互性、対等性をベースにした微笑と融和によるエロス・コミュニケーション、セクシャル・プレジャーとは程遠い姿が映し出されることが多いのである。とくに男性の暴力的、攻撃性、排他的なタフな性のイメージが強調され、それが男性自身にとっても大きな呪縛となることがある。

<村瀬幸浩・著「買春と売春と性の教育」>

 

 「自分の将来も考えずに、高校生が性交渉をもつから妊娠して、高校中退というみじめな人生になってしまったのだ」
ということらしい。
 これは、私の所属する学年教師の考えにとどまらず、大多数の大人の一般的な意識といえよう。
 もう少し説明すると、次のようになる。
「高校生はまだ生活能力がないので、結婚することはできないし、まして子供を産んで育てることは無理である。だから、高校生が妊娠を伴う性交渉を持つことは問題である。生活能力がつき、互いに責任がもてる年齢になるまで性交渉は我慢すべきである。
 特に女性の場合、自分の体に妊娠という重い事実がのしかかるのだから、男性以上に性行動には慎重であるべきだ。
 今の社会で高校中退は大きなハンディであり、10代で子供を育てるのは困難が大きすぎる。
 そのへんのことをよく考えずに、目先の欲望に任せて行動するkら妊娠して、高校中退をせざるをえないというみじめな結果になるのだ。」
 具体的に雅子についていうならば、「もしそのような男女関係がなければ、高校を卒業した後、短大に進学し、幸福な結婚ができたであろうに。」となる。
 確かに高校中退というハンディはあるが、本人がその後の人生を前向きに考えるようになれば、みじめな結果とはかぎらない。何も考えずに、親から言われるまま「短大卒」という”嫁入り道具”を手に入れるようなつもりで短大へ進学する場合と、はたしてどちらが創造的な人生であろうか。
 教師としては、妊娠した生徒を人生の敗北者としてみるのではなく、その事実を不利にせずに有利に変えていく力強い生き方を考えさせ、励ますべきではないのだろうか。

<「16歳の母」原田瑠美子著>

 

 ある夜、これは冗談か本気か、今もってわからないのだが、なんともショックな番組に出くわした。「笑撃的電影箱 進め! 電波少年」(日本テレビ系)の番組の中で”借金美女”というのが出てきた。「わたしは100万円の借金がある(300万円とか1000万円とかもあった)ので、それだけくれるなら、一日あなたの相手をしましょう」とか、「どこの部分の写真をとってもいいです」とか言って、顔写真と名前を公表しているのだ。”たとえおふざけにしろ、絶対に許される番組ではない”と、ひとりで憤慨していた。
 それにしても、TVが売春斡旋と同様なことをしているなんて、まったく考えられないことだ。それもゴールデンタイムの番組で、とてつもない影響力を若い人たちに与えるし、何よりも許せないのは、公共の電波を使って視聴率アップだけを狙ったこのような番組を垂れ流しすることだ。”犯罪的行為だ”とカッカするのは、わたしが外国ボケしているからだろうか。

<ビヤネール多美子「スウェーデンの性と性教育」>

 

 「若い女子が男子の犠牲者だなんていうのは、もう神話。
わたしたちは自分で望むことをするわ。」

<19歳のスウェーデン女性の言葉「スウェーデンの性と性教育」>

 

 ストックホルム県エイズ予防班のオッレ・バレル氏は「マスコミが描く男のセクシャリティは暗黒だ」と批判している。
「暴行を犯す、近親姦をする、買春をする、ポルノが好き・・・などなど、みな男である。これらの変態的で異様な行動を「男のセクシャリティ」としてレポートしており、多くの男達は罪悪感を感じている。今こそ、われわれ普通の男達が前面に出るときが来た。学校、余暇活動、青少年クリニックにも我々が出て行って、男の見地からセクシャリティを論議し、アイデンティティを作り上げるべきだ。

<「スウェーデンの性と性教育」>

 

 折からベルギーのぺドファイルスキャンダルの発覚直後であることから、会議には国際的な関心が高まり、世界各国のジャーナリスト達500人が取材に集まった。しかし、日本のマスコミはこの会議にはほとんど関心を示さなかった。NHKと朝日新聞だけが特派員を送ったが、それもそれも女性記者たちが頑張ってこそ参加できたのだった。ノーベル賞受賞などというと、グランドホテルが日本のマスコミで溢れ返るほど来るのに、こんな重要な会議に見向きもしないというのはどういうことだろう。日本は「加害者先進国」のひとつであり、フィリピンで日本人のぺドファイルが逮捕されたというNEWSが世界を駆け巡ったばかりでもあるのにだ。

<1996年「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」より「スウェーデンの性と性教育」>

 

 ベルギーの事件を欧米ではぺドファイル事件としているが、日本では少女誘拐事件としている。こちらでは重い犯罪となるぺドファイル事件も日本では単に「性的いたずら」などとして済ませている点も国際的感覚からずれている。

<1996年「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」より「スウェーデンの性と性教育」>

 

 会期中フランスの大臣の記者会見があった。記者達と一緒に座っていたスイスの人権家がフランスの週刊誌を皆に見せた。その雑誌の記事の中身は日本の女子高校生がパンツを見せているところを男が写真に撮っている姿や、下着や排泄物を売る店とそのオーナーの写真などが載っており、コメントして「日本のようなストレス社会に住んでいたら僕も同様に憂さ晴らしをするだろう。」と記者が書いている。
 人権家が、このような現象を肯定する記事に対して、「許しがたい。それも最も読まれている大衆誌で。雑誌社を告訴するつもりだ」と記者会見場で訴えていた。隣に座っていた朝日新聞の大久保さんが私に囁いた。「これくらいの記事なら、日本では日常的に見るわね。こうして指摘されると、日本人がいかに麻痺してしまっているかが分かるわ。」本当にそうだ。この場にこそ日本のTVや雑誌の男性記者たちにいて欲しかった。

<1996年「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」より「スウェーデンの性と性教育」>

 

 バイアグラは、アメリカでの発売後一年もしないで日本でも発売許可になったのに、避妊用低ピルの方は申請があってから30年経っても許可されず、今秋やっと認可の予定といわれる。その代わりに、中絶はほとんど野放しといってもよい状態であった。
 いや、野放しではない、ちゃんと規制があるという役人はいうだろうが、事実上誰でも受けられると皆知っている。
 ピルがほとんどの人に効果があり、無害といっていいことは、もう30年、40年使用されてきた欧米を見れば分かる。死人が出ているバイアグラとは異なる。
 医者の指導のもとに、特別な健康上の問題がある人は使用できないが、自分で自分の身体のコントロールができる限り、つまり、毎日きちんと服用する限り、効果があり、中絶に比べたらはるかに安全である。
 男の不倫や売春は構わなくて、女性は自分で判断できないから、政治家や官僚が「指導」してやろうというのであろうか。避妊用ピルにせよ、HRT(更年期障害治療のためのホルモン療法)にせよ、使用するしないは個人の選択(医者との相談のうえで)任せるのがいい。初めから選択の余地が無いのはおかしい。

<マークス寿子・著「生まれ変わっても女がいい国って、ほんと?」>

 

 なぜイギリスの大学生の方が大人かというと、彼らは、大学生になる前、中学校を卒業して15,6歳になると、ガールフレンドやボーイフレンドを持ってデートをしたり、キスを経験したりするのが普通である。性的な経験をしたりするのも普通である。性的な経験をするものもめずらしくない。まず、肉体的に成熟している早くから恋をしたり、失恋をしたりして、異性のものの考え方も理解できるようになるし、とるべき態度も自然に分かってくる。
 だから、恋はもとより、ガールフレンドさえ持ったことが無いという日本の大学生を、イギリスの大学生と比べると、その違いは歴然としている。イギリスの大学生は物事をクールに考えられるし、人間関係もちゃんとつくることができる。
 だれかを好きになって、その人が応じてくれないからといってカーとなったり、つきまとったり、勉強も手につかなくなるということがない。その反対に、恋愛をすると自分が苦労するからと人間関係を持つことを避け、コンピューター・フレンドですまそうということもない。ごく自然に異性と付き合うことができる。
 日本の若い人、特に若い男性の場合、ガールフレンドを持ったことが無く、恋をしたこともなく、母親だけが身近な女性という、そんな非常に狭い世界で生きている人が多い。これでは、自然に大人になって、親離れしていくことが難しくなるから、明らかに人生のハンディキャップに他ならないと思う。

<マークス寿子・著「とんでもない母親と情けない男の国日本」


イギリスのストーカー逮捕者数は年間3000人と追記しておきます。
また、イギリスもいじめ大国であります。

 

「酔ってくると決まってSEXの話になる。内容の無い会話に夢中になる日本の男性を見ていると、文化の国とは無縁に思う。こんな人たちの国がどうして経済大国を作れたのかと考えてしまう。信じられません。」
中国の若者には日本人はSEXを単なる目的としか考えず、また異常に執着していると映っている。

   <王敏・著「もっとエロスを!」>

 

 レイプをする人は女性・子どもを支配する。(カナダ)
 
 男性には抑えられない性衝動があって・・・。(日本)

 この違いは何?

 

 「関係としての性」という考え方や学習が皆無に近いのです。自分の欲望をどうするかには一生懸命なのですが、それが相手にとってどういう意味を持つかというふうに考えを切り替えて、ともに楽しんでいくという発想に乏しいのです。

<村瀬幸浩氏のコメント「援助交際の少女たち」>

 

 これは中学校のレポートの中でも書かれていますが、女の子が2ヶ月間に5人の男性とセックスしたという話の中で、なかには「私はいやだったんだけど、無理やりやらされた」こともあると言うんですね。先生から、したくないのにセックスさせられるのは「それは、レイプなのよ」と言われて、初めて自分がレイプされていたことに気づく。それくらい、今の性文化には男の攻撃的な性行動があたりまえのように広がっています。これは大問題ですね。

<村瀬幸浩氏のコメント「援助交際の少女たち」>

 

 ある男の子は「犯す」を性交の意味と取り違えていました。今の情けないポルノ文化の影響です。性交が何なのかを知っていれば、前のような簡単な説明で本質を理解することができると思います。

<「援助交際の少女たち」より>

 

 性関係を結んだ後、特に男性が相手の女性を「自分のモノになった」などと、まるで所有物、従属物のような表現をし、女性の中にもそう思い込んでしまう人もいる、などどいうのは未熟そのものと言ってよいだろう。

 <村瀬幸浩:著>

 

 私が見たときのテーマは「日本の若い女性の性」について取り上げていました。スタジオにはアジア、アフリカ、欧米など色々な国の外国人が30人ほど、そして外国人からの批判を受けて立つ日本の若い女性が20人ほど集まっていました。
 「最高の相手とめぐり合えるまで、セックスは大事にとっておくべきだ」「次々と不特定多数の男性とセックスをする日本の若い女の子にはモラルが無い!」といった厳しい言葉が外国人の口から飛び出します。
 しかし、日本の若い女性人たちもひるんではいません。
結婚まで処女じゃ、セックスが合うかどうかわからないではないか」
「最高の旦那を見つけるためにも、多くの男性と付き合った方が良い」
「なぜ愛が無かったらセックスしちゃいけないの?」
「セックスをするとだめになるというが、どこがどうダメになるの?」
 外国人たちの自国のモラルを根拠にした批判に対し、堂々と反論する若い女性達、なかなかのものです。すでに日本では、「愛ー性ー結婚」が三位一体という「ロマンチック・ラブ」の考え方は崩れていることを、彼女達はずばり言い当てているのです。
 ところが、始めのうちは若い女性達を応援していた私も、番組が進むにつれ、疑問を感じるようになっていきました。
 セックスの時避妊をするか、と言う質問に対し、彼女達の多くは避妊をしていないと答えるのです。テレビに顔も堂々と映し、きちんと名前まで出し、自分の性体験や性についての考え方を主張できるのは大したものだと考えます。でも、その一方で避妊については消極的というか無知だったことに私は驚きました。
 彼女達が避妊をしない理由として説明したことは「セックスって気持ち好いからやる。生の方が感じるからコンドームを着けたくない」「私は着けて欲しいけど、男の人から大丈夫と言われると、それ以上強く言えない」ということでした。
 「コンドームを着けたって、100%避妊できるという確証はない」との発言も出てきました。進行役のタレントが「では、ピルは?」と尋ねると、19歳の彼女はきょとんとした顔で、「ピルって? 私、知らない・・・」と答えたのです。

日本の若い女性たちの性意識もずいぶん進んだものだとプラスイメージで番組を見ていた私の印象は、その場面で一変してしまいました。
 これまでの日本にの社会には、男には性の放縦を許し、女には貞操を強いると言う二十規範があり、女性だけに純潔とか処女性が求められていた時代がずっと続きました。50年ほど前まで、女性は結婚相手すら自分で決めることができなかったのですから、女性が主体的に性について語り、行動し始めたことは進歩だと思います。
   ・・・略・・・
 (避妊用の低容量ピルの認可は)新聞やテレビなどマスコミでも大きく取り上げられました。セックスに対して積極的な彼女達が、なぜこうしたニュースに無関心なのでしょう。

 なんでこういう番組って女性だけターゲットなのかしら。
セックスって相手がいなくてはできないでしょ。

<原田瑠美子・著>

 


 日本には輪姦、果ては援助交際のような性が伝統で存在していたのに
お前達の言う性道徳って一体何なんだよ!

<行動心理学者・宮代真司>


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